音楽をする、それを人に聴かせる、という仕事に就かせてもらっている。 また、よりよく音楽を奏でたいという若い人たちに、ちょっとした刺激を与えたりして、成長をお手伝いする、という役目も担っている。 教える場合は、一回きりではなくて、何年間か、相手と向き合うチャンスが与えられることが多いので、時間をかけながら、様子や反応をみながら。...
一年とは言わないけれども 今年に入って特に、このブログコーナーが書けなくなった。 正直なところを吐き出すのが このブログが続いていたところだけれども 本音で書けば、 どこかで誰かが嫌な気分になる、に違いない。 そんなことを思っていたら もう何も書くことは無い。 見てないかもしれないけれど、 見る可能性はあるわけだし。...
20年ほど前、友人との会話の中で 僕は中庸をめざしている、という言葉に何か引っかかるものを感じ、その違和感がどういうものなのか自分でもよくわからなかった。 中庸、というのは何方にも偏らずに、少し王道を往く、の意味に被るところがある、と解釈している。 身体や技術的に、ではなく 精神的に上手く、巧く成るというのは...
ここには自分の忌憚ない心内を書いてきたつもりだけど、最近筆が止まっている。 元々自分の事は、性格が特に良いわけでもないけど、特に悪くもないだろうと思っている。 最近、そりゃそうしてたらそうなりますよね、そりやそうだ、と原因と結果が直結してるのが判りやすいというか、自明の理。 辛辣な意見しか出てこない。...
表と裏という観念が3次元、4次元の世界では無効になるように 白黒はっきり、の白黒は、カラーの世界では殆ど役に立たないように、 存在のある、無い、というのも その上の枠組みを外してしまえば どちらも違いのないものなのかもしれない。 無いが在る、というか。 人からみたらつまらないことかもしれないけれど アプローチが全く変わってくる。...
どちらを選べば良いかわからなくなったら 美しいか、そうではないか。 それでも迷ったら 楽しいかそうではないか。 それでも迷ったら 好きか嫌いか。 それでも迷ったら 快か不快か。 音楽家やし、許されるでしょう。この選択。 頭は極力使わない。 これで間違ってたら 今の自分には無理やったな、って素直に反省すればいいさ。
スポーツ選手や役者でも無い限り、 こんなに「立つ」ということを色々追求することはまず無いと思う。 奥が深くて面白い。 それにピアノやチェロ、他の楽器でもそれ程ハマらないだろうけれど、ヴァイオリン、ヴィオラは特別だと思う。 スポーツ選手だったら、 人より速く動くには、とか 他の人の裏をかく動きのためには、とか 求められるけれど、...
関わる皆が正直に自分の意見や感想を話せる環境かどうか、が いい仕事、いいレッスン、いい作品、いい演奏に近づくための最も大切な要素だと思う。 というか、、 それやったらムリやろうな、、と思う状況を目撃することも多い。 なにかと意見の相違はあって当たり前だし、 言い方、伝え方っていうのもあるかもしれないけど、...
油断すると 頭の中でマーラー9番のメロディが流れてます。 死を強く思うことは生を渇望(生に執着、って言ったら印象が悪いわね、、)していることの裏返しだと思う。...
今日は宇宙ミッションの日だったのだけれど、 (明日プレス発表があるはず、、) 音楽云々よりも、 人は 人や、音楽とか、美しいものと出逢って、 その満たされたエネルギーはたぶん何らかの形で残っていくんだけれども、 静かに別れの時もやって来るんだな、という。 これほど揺り動かされるとは、 まさに「音楽」の人なんだな、と。...